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海外研修への派遣

海外研修リポート

少しずつ、自分の感覚が研ぎすまされていった実感があります
東京交響楽団 鈴木まり奈さん(2010年度海外研修員)
どこかで、環境を変えたいという
気持ちがあったんだと思います
――この「海外研修制度」を知ったきっかけは?
最初にこの制度を知ったのは、大学時代の恩師に教えていただいたのがきっかけ。まだ東京交響楽団のオーディションを受ける前でしたから、少し前の話になります。そのときは「オーケストラに入団した後でも海外研修を受けられる制度がある」というくらいの知識で。また、2008年の「第20回 アフィニス夏の音楽祭」に参加していたので、アフィニス文化財団のことも知っていました。ただ、実際に応募したのは入団してからしばらく経ったころですね。
――応募しようと思ったのはなぜですか。
オーケストラに入ってから約2年が経ち、ふと「ずっとこのままでよいのだろうか」と疑問を感じたんです。でもそう思ってはみたものの、具体的な目標や、さらに上を目指す目的がすぐに見つかるわけでもなく、悶々とする日々が続きました。どこかで、環境を変えたいという気持ちがあったんだと思います。海外研修制度の応募要項の貼り紙を楽員控え室で目にしたのは、ちょうどそんなとき。そして、過去にこの制度で留学した経験のある東京交響楽団の先輩から、この制度を勧められたんです。
――渡航先はどのようにして決めましたか? また、実際に行ってみていかがでしたか。
ジークフリート・フューリンガー先生のヴィオラに対する姿勢には以前から感銘を受けていて。それで留学先は先生のいるウィーンに決めました。ウィーンには学生時代に2~3泊程度滞在したことがありましたが、当時は冬の始めだったこともあり「なんだか暗い街だな」という印象。でも、留学が決定してから一度、2010年6月に下見で訪れたときはまったく印象が違いました。“これからこの街で学ぶのだ”というときめきがあり、また初夏の緑がとてもさわやかだったからかもしれませんね。実際に留学してからは、見るもの、聴くもの、食べるもの……、すべてがただ楽しくて。街全体がまるで美術館のように美しく、同じ首都でも現代的なスピード感のある東京とは異なる空気がとても新鮮でした。
photo Snap
涙が出るようないい演奏会ばかり。
毎日が興奮の連続でした
――渡航後の流れを教えてください。
金曜日の夜遅くにウィーンへ到着。翌日にまず、美術館とカフェに行きました。あちらではたくさんのいい演奏会が開催されています。それらを逃さず聴きたかったので、各種ホールの演奏会プログラムを美術館で集め、計画を立てました。その後は携帯電話を購入したり、インターネットを開通させたり、フューリンガー先生とコンタクトを取ったり、語学学校の申込をしたり、ウィーン国立音大への入学願書の提出をしたり……と、しばらく慌しかったですね。語学面での不安はもちろんありましたが、思ったほど苦にはなりませんでした。とにかく出会う人出会う人が皆、とても親切に接してくれて。お国柄なのかもしれませんが、見知らぬ人同士でも「どうぞ」「ありがとう」といったコミュニケーションが当たり前のように成立するんです。
――研修内容はいかがでしたか。
ウィーン国立音楽大学室内楽科の、修士課程修了者向けのコースに入学。ウィーンアルティスカルテットのセカンド奏者であるヨハネス・マイッスル氏のクラスに入りました。大学は10月から1月末までが冬セメスター、3月から6月末までは夏セメスター。学校ではマイッスル氏や、同じくウィーンアルティスカルテットのヴァイオリン奏者であるペーター・シュマイヤー氏から、弦楽四重奏やソナタなどの室内楽レッスンを受講。そして、フューリンガー先生からは通年で週に一度、自宅レッスンを受けました。また、最初の3カ月間は語学学校へも通いました。
――学校やレッスン以外の時間はどのように過ごしていましたか。
大まかな一日の流れとしては、午前中に語学学校へ行き、午後はレッスンや個人練習。そして夜にはコンサートやオペラへ足を運んで……といった感じ。特にコンサートは、9月から6月末のシーズンにかけて聴き通しました。ウィーンに到着後3日目に行ったオペラ座での「ラ・ボエーム」に始まって、ほぼ毎日のようにコンサート通い。研修期間中に聴いた演奏会はウィーンで110回程度。ほかに旅先などで聴いたものも含めると、全部で120回は下らないと思います。本当に涙が出るようないい演奏会ばかりで、毎日が興奮の連続でした。当時の公演チケットやプログラムなどはすべて持ち帰り、今でも保管してあります。重要な資料であり、一生の宝物ですね。
photo Snap音楽は右手でつくる、
耳を開いて音をよく聴く
――指導者であるジークフリート・フューリンガー氏について。
フューリンガー先生は、その存在そのものが『音楽』という印象。非常に穏やかでユーモアに溢れていて、音楽に対してとても真摯に向き合う方でした。だからこそ、レッスンには常に緊張感と愛情のある厳しさがありましたね。気持ちが入っていないとすぐに見破られてしまうし、いつも背筋が伸びる思いでした。その一方で、人が頑張ろうとしているときは全力で応援してくれる温かさがあって。私がくじけそうなときはいつも「大丈夫」と励ましてくれました。技術面はもちろん、マインドの部分でもさまざまなアドバイスを受けましたね。物事はシンプルかつ前向きにとらえることが大切、といったような……。ウィーンの冬のあまりの暗さと寒さに負けそうになっていたときは「走れ!」と言われたこともあります(笑)。
――海外研修を通して得たものとは?
演奏するときに言われ続けたことが、2つあるんです。一つは、フューリンガー先生に言われた「音楽は右手でつくる」ということ。もう一つは「耳を開いて音をよく聴く」ということ。これは特にマイッスル先生からよく言われましたが、自分の出している音を常によく聴き、自分自身で反応するように――というのは、2人からの共通した言葉でしたね。これらを、1年間の研修期間を通して意識し続けたことで、少しずつ、自分の感覚が研ぎすまされていったという実感があります。また、演奏する側としてだけではなく、多くの演奏会に足を運び、自分自身が聴衆となる経験をたくさんできたのもよかった。“人の心を動かす演奏とはどのようなものか”ということを知ったし、何よりも一人の聴き手として、素直に音楽を楽しむ心を思い出せたように感じています。
photo Snap人生の宝であり、
指針を見つけた貴重な経験
――今回の研修は鈴木さん自身にとってどのような意味がありましたか。
そうですね、一番の収穫は人間的にも音楽的にも目標となる人をたくさん見つけることができたということかな。それに、理想の演奏にもたくさん出会うことができました。これまでに見たことのないものをたくさん見て、感じたことで、以前よりも視野が広がったように思います。あとは、コミュニケーションの取り方のコツが少し分かったというか――、自分が笑っていれば相手も笑顔になる、というシンプルな事実に改めて気づかされました。演奏面に関しては、よい意味で力が抜けましたね。もちろん、やるからには緻密な努力や技術面での確かな裏づけが求められます。でも、最終的には大らかな気持ちで、素直に楽しく、よい雰囲気になるように演奏する。そうやって、聴く側にも何かが伝わるような演奏をすることが大切なのだと思えるようになりました。
――今後、この制度を活用したいと考えている方へメッセージをお願いします。
私にとって、この海外研修は人生の宝。これから音楽を続けていく上での指針を見つけ、演奏する上で大事なことを再確認できた貴重な経験になりました。もし“行きたいけれど迷っている”という方は、絶対に経験した方がいいと思いますね。とにかく行ってみることで、何でも感じられるし、考えるきっかけにもなると思います。
※2011年12月時点の内容となります。
※本文中の人名表記はご本人の言葉に沿って一部敬称略、また登場人物の所属等はすべて当時のものです。