海外研修リポート 渡邉 千春さん(2015年度海外研修員)

求められるcolor(音色)を
常に明確に伝えたい

氏名

渡邉 千春さん

所属楽団

読売日本交響楽団

楽器

ヴィオラ

研修年度

2015年度

研修先

アントワープ/ベルギー

指導者

レオ・デ・ネーヴェ(アントワープ王立音楽院・教授)

マテ・スーチュ(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団・首席)

もっと力強く説得力のある演奏を

当財団の海外研修制度に応募したきっかけをお聞かせください。

オーケストラに入団し5年経った頃、オーケストラでの生活や演奏には慣れましたが、時折自分の表現したい音や音楽がクリアでないと感じることがありました。あるとき知人の紹介で今井信子氏のレッスンを受ける機会に恵まれ、今井氏の強い信念と意思をもって音楽をされている姿を目の当たりにし、強い感銘を受けました。自分ももっと力強く説得力ある演奏を出来るようになりたい、そのためには自分の知らない音楽や知識に触れ自分を磨く必要があると思い、留学を決意しました。

師事された先生はいかがでしたか。

アントワープ王立音楽院のレオ・デ・ネーヴェ氏には以前にも師事した事がありますが、とても親身に生徒の事を考えてくださる方です。留学してすぐ自分の心境を話したところ、色々な先生のレッスンを受けてみると良い、幅広い視野が身につきもっと自由になれる、とおっしゃってたくさんの奏者を紹介してくださいました。

では学校以外でもレッスンをうけられたのですね。

毎月1回はベルリンに行き、マテ・スーチュ氏のレッスンを受けました。スーチュ氏に教わった中で一番興味深かった事は、呼吸を大事にすることです。スーチュ氏は若くしてベルリンフィルの首席にまでなられた方ですが、今の自分があるのは大事な局面で呼吸を大事にして自分をコントロールできたからだとよくおっしゃっていました。お腹から息を吐きだし吸い込むとき自分の体も収縮と拡張を繰り返しており、この自然な動きに連動して演奏するとき、自分の体・楽器・音楽のすべてが一体になることができる、というわけなのです。
また、ライプツィヒ音楽大学の教授で、世界的ヴィオリストであるタチアナ・マスレンコ氏との出会いは私にとってとても刺激的でした。マスレンコ氏は小柄でとてもチャーミングな方ですが、ヴィオラを持ったら一変、エネルギッシュかつ騎士のような高貴な姿で自由自在にヴィオラを操る魔術師でした。何をどうやればあの様な音がでるのか不思議で不思議で、自分のレッスン以外もずっと聴講し観察しました。
もう一度彼に師事したい!という気持ちが強くなり、夏にマスレンコ氏のマスタークラスが開かれるカナダのケベックまで行ってしまったほどです。

主張しあう環境で変わっていく自分

海外生活で楽しかったことなどを聞かせてください。

アントワープのネーヴェ氏のクラスには、世界各国からきた生徒が22人もいました。その中で、メキシコ人、スペイン人、ギリシャ人の生徒と一緒に一年間ヴィオラカルテットを組んで勉強しました。練習の時はお互いの国の話題で盛り上がり、休みの時には自国の料理を振舞ったりして仲良く楽しい時間を過ごしました。

国際色豊かな環境ですね。

彼らと接することで気づかされたことは多々ありました。自分の中で一番変化が大きかったのはYesとNoをはっきりと主張するようになったことです。彼らはリハーサル中に自分が思ったことははっきり口にして意見を交換しあうので、私があいまいな返事をすると相手はよく分からないといった反応で、どう考えているの?と聞き返されることがよくありました。彼らと付き合う内に自分も意見をはっきりと伝えるようになっていき、変わっていくのは面白い感覚でした。

音楽面でも何か日本との違いを感じましたか。

演奏者の主張の強さを感じました。レッスン中、生徒が先生と違う意見を持っている場合でも、生徒は自分の意見をはっきり述べ、先生は嫌な顔をせず生徒と議論するという場面が日常的に見られました。
また、ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会にエキストラとして3回出演しましたが、エキストラも団員と同じ様に積極的に自分を表現して弾いていました。周りにあわせるというより、自分が感じるままに弾くという意識を強く感じました。

この海外研修は渡邉さんにとってどのような意味がありましたか。

一年間マスタークラスや個人レッスンを通して多くの音楽家に出会い、彼らが何を考え、感じながら音楽に向き合っているのかを知れたことは私の大きな財産になりました。彼らから必ずと言っていいほど頻繁に出てきた言葉はcolor(音色)です。音色にスポットライトを当てて色々考えていると、音を作り出すクリエイティブな感覚が楽しくなり、新たな視界が開けた気がしました。音には必ず作曲者の意図する音色が存在して、それを探し表現していくのが私たち演奏家の役目なのだと思います。これからもオーケストラでの演奏を通して、音を探し求める旅を続けていきます。そしてまた一人の音楽家として、明確な考えを常に自問自答しながら持ち続け、それを言葉や音で伝えていく姿勢を貫いていきたいと思います。

※2017年4月時点の内容となります。
※本文中の人名表記はご本人の言葉に沿って一部敬称略、また登場人物の所属等はすべて当時のものです。